高校交換留学における被害と問題点

 高校交換留学で最もトラブルが多いのは、有償ボランティアのホストファミリーにおいてです。 まず、高校交換留学においては、ホストファミリーはボランティアだと聞かされます。 ボランティアと聞くと、「無償ボランティア」を想定してしまうのですが、 実際には、受け入れ奨励金や補助金という名目で報酬が支払われていたり、税金の控除といった間接的な利益を得る「有償ボランティア」というケースが多いようです。 だからといって、ボランティアは100パーセント無償でなければいけない、あるいは、ボランティアといえども一人の人間をあずかるのだから、 ある程度の金銭的サポートは必要である、というような単純なことではありません。 留学団体側が、ホストファミリーはボランティアであると留学生に思わせることによって、 多くの留学被害が覆い隠されていること、お金が支払われているために留学団体とホストファミリー、留学生との間にトラブルが生じていることが、 重要な問題なのです。

 「文部科学省初等中等教育局国際教育課「高校生の海外留学の促進について」では、 「1年間を海外の無償のボランティアの受入家庭に家族の一員として滞在し、 その滞在地域で正規の高校と認定されている学校に授業料免除で通学するプログラム」と定められています。 例えば未成年者がイギリスやカナダに留学する際には、ガーディアンと呼ばれる保護者代理を指定することが義務付けられており、 ガーディアンフォーム(※)の提出がないと学生ビザの申請が認められません。 高校生の交換留学の場合は、ホストファミリーやホスト校が留学生のガーディアンになります。 このことからも、受入家庭の選定が最優先重要事項であることがわかります。
※ガーディアンフォーム 法的後見人の宣誓書
https://www.canada.ca/content/dam/ircc/migration/ircc/english/pdf/pub/custodian-parent.pdf

≪「無償」「有償」と「ボランティア」≫

 受け入れ家庭が「無償」の「ボランティア」だと聞かされていた保護者は、ホストにお金が支払われていることを知り、 驚いて留学団体に説明を求めることはよくある話です。 そうすると団体側は、支払いが発生するホスト家庭のことを「有償ボランティア家庭」だといって、 「有償」であっても「ボランティア」の受入家庭であることを強調します。「ボランティア」なのに「有償」? 現地ではじっさい、受入家庭は一部受入奨励金、補助金等の名目で金銭を得たり、留学生を預かることで税金が控除されます。 たしかに、ボランティアの定義も時代と共に変化するもので、何がなんでも「無償」にこだわる必要はないと言う意見もあります。 しかし、ホスト家庭の確保のためとはいえ、定義が曖昧な「有償ボランティア」の存在が、被害やトラブルの要因となっていることは確かです。 ボランテイア(volunteer)とは本来、社会活動などに無償で参加することをいいます。 ひとくちにボランティア活動といっても、高校生の交換留学の場合、ホストの留学生に対する思いは「無償」と「有償」とでは違って当然のことだと思います。 そこで私たちは、団体側がどのような言い方をしようが、「無償」であれば「ボランティア」、奨励金や補助金が支払われる場合は「有償」であり、 留学団体がいう「有償ボランティア」という言葉を鵜呑みにしてはいけません。

 それでは次に、有償ボランティアによる被害の一例です。 2006年当時、「高留連」会員団体(※)だったWYS団体でのことですが、カナダのある地域では、無償のボランティアであるはずの受入家庭に、 じっさいは現地ホストファミリーとしてのビジネス相当額が支払われていました。 そして、その支払をめぐって子供たちがトラブルに巻き込まれています。 この地域においてわかっているだけでも、20件前後すべてのホスト先が有償家庭、そのうちの5件ではダブルステイさせ、 ホスト校も有償でした。(注:ホスト家庭には毎月約4万円、ホスト校には約80万円支払われていた) その支払が滞ったため、ホストの不満が何も知らない子供たちに降りかかっただけでなく、現地スタッフの無責任な言動が更に多くのトラブルや被害を招きました。 さらに、この団体の違反行為は以前から行なわれていたこと、他の団体でも同様のことがあることもわかりました。 そこで、トラブルの原因の多くが斡旋団体にあることを知った私は、複数の留学団体関係者に話しを聞くことにしました。 ところが皆さん誰一人として驚く様子がありません。行く前からネガティブな話しをすると子供たちが行かなくなる、交換留学ってそんなものだ、という人もいたのです。
(※)「高留連」(全国高校生留学・交流団体連絡協議会のこと)は2013年6月14日に解散

≪留学団体が「無償」の「ボランティア」にこだわる理由≫

 高校生の交換留学は、留学生を受け入れるホストはボランティアの人たちなので、 あまり厳しい基準を設けると、ホストファミリーになる家庭を探すのが困難になるとの声もあります。 それでも無償のホスト家庭の確保が困難であれば、交換留学プログラムを中止するか、 ホスト家庭は有償にして事業を継続する方向にシフトすることでしか事態の改善が望めないことは、 誰の目からみても明らかでしょう。ところがいっこうにそのような気配はありません。 そもそも文科省の定義通りにプログラムを実施するのであれば、有償ボランティアの存在自体がおかしいことですよね。 無償がダメなら有償でもいいから、受入家庭は何がなんでも「ボランティア」を掲げたい、 「ボランティア」という看板がここまで必要なのはどうしてなのでしょう。 それは、「ボランティア」を謳い文句にすることが、事業者にとっては安易で便利な方法でもあるからです。 「ボランティアであれば善意ある人々の協力が得られ安全安心に違いない。感謝の気持ちを忘れず、少々のことがあっても我慢しよう」 と利用者側に思わせることができるからです。何が何でも受入家庭が「ボランティア」でなければならないその理由は、 利用者よりも事業者により強くあるのかもしれません。 ちなみにYFU関係者からは、2014年当時で米国側の受け入れ家庭数はおよそ150ファミリー(すべてが無償家庭か否かわからない)が限度と聞きました。 実際には派遣者数が上回るので、不足分のファミリーの確保のためにお金が動きます。 しかしこの事実は伏せられており、団体は「無償」の「ボランティア」であることを強調して募集をかけ多くの学生を送り込むわけです。 現地では受入家庭の確保に追われ選考基準にまで手が回らないので、トラブルや被害が頻発するのも当然だと思われます。

 このように、あるはずのないお金の問題でトラブルが生じていることなど知らない子供は、ホストとの関係がうまくいかないのは、 自分の努力不足だと思い忍耐するしかありません。それにお金がトラブルの原因だと分かったとしても、これはもう、 未成年者が解決できることではありません。トラブルの原因は、「ホストだけにあるのではなく、双方の人間関係から生じることが多い」 という決まり文句で、留学団体が取るべき責任(=大人の責任)を子供に転嫁します。

≪交換留学プログラムの特徴が被害を拡大≫

 さらにはホストファミリーだけでなく、受入れに関わるすべての人たちも留学生と同じくプログラムへの参加者であるという、 高校交換留学制度の特徴が、時として諸刃の剣になることがあります。 トラブルが生じたとき、私費留学では本人あるいは保護者の責任(意志)で動くことが可能なのに対し、交換留学では予想を遥かに越えた難問題に発展し、 身動き取れなくなることがあるからです。運悪くトラブルに見舞われた子供が自ら考え行動しようとしたとき、受入れ側が善意の人々でない場合は悲惨です。 早期帰国になった子どもたちの多くが、団体側の連携不足や利害関係という大人の都合や事情によって、理不尽な状況に追い込まれています。 皮肉なことに、契約上の義務違反に対して言うべきことを主張する自立心旺盛な子どもほど、留学生の自主自立を促す立場にある団体関係者から徹底的に叩かれています。

 このように、たった一人で異国の地にいる15~18歳の子どもが、大勢の大人から (受入れ側の団体職員、地域カウンセラー、ホストファミリー、なんと日本の団体職員からさえも)昼夜おかまいなく言葉の暴力を受けるケースは、 高校生交換留学の影の部分だと言えます。このような状況の中で精神不安、ホームシックに陥り、環境への適応能力不足という扱いで処理され、 早期帰国となっている学生も多くいるのです。寄せられる様々なトラブル事例だけでなく、私体験からも、このことは無視できない重大な問題だと感じています。

≪多発する被害やトラブルはいつ頃から≫

 こうしてみると、留学生の不慮の事故や病気、ルール違反以外のほとんどは、 滞在家庭の選定をしている受入団体側に多くの問題があって被害が拡大していると考えられます。 ということは交換留学のシステム上、留学先国の受入団体と連携している日本の団体は、被害やトラブルがコントロールできていない状況で派遣事業を続けていることになります。 つぎに、被害やトラブルはいつ頃からなのかを調べてみました。

 1990年、文部省から各都道府県知事宛に、高等学校生徒の留学で各種の問題が生じているという報告書が送付されています(※1) 1993年には高校生の交換留学問題は国会で取り上げられており、当時すでに高校生の四人に一人が何らかのトラブルに巻き込まれていることが「衆議院会議録」に書かれています(※2) 無償のホスト家庭の獲得が困難を極めていることについて、「2005年度(平成17年)高校生留学関係団体関係者研究協議会報告書」p.9に、高留連事務局長新谷氏の話として記載されています(「高留連」は2013年6月4日に解散しています)  2008年度(平成20年)の「第9回留学生特別委員会」においても、「今後の留学生交流の在り方について」の意見交換で、高校留学について次のように話されています。 【ホスト家庭について、高校生の場合、寮に入れるよりは、日本を本当に理解してもらうという意味で、一般家庭に滞在することは極めて特徴的であり、 大きな意義を持つが、世界的な流れを見ると、無償としての善意のボランティアではなく、有償としてある程度の金額をホストファミリーに支払うという流れになっている】 【先ほどホストファミリーについてお話ししたが、外国では有償のお金を払う留学が増えており、交換留学の場合なかなかホスト家庭を確保するということが難しくなっている。 有償ということは留学費用に加算されるわけで、交換留学でありながら費用がかかるという問題は大きい。それが響いて、派遣の相手国を選ぶのに苦労するようになっている。 アメリカの場合は、先ほど申し上げたように、SLEPという試験の要件が厳しくなっているので、アメリカ以外の英語圏を探すようになっているわけであるが、 英国では既に留学生受け入れ事業がほとんどビジネスになっているので、受け入れ先の家庭に払うお金、授業料その他を入れると参加費が本当に高くなってしまう。 このように交換留学の枠組みというのがもう崩れており、AFSという特に歴史が古いものであるが、2008年1月に英国でのオペレーションを閉じた。 オーストラリア、ニュージーランド、カナダも、交換留学と言いながら、授業料を払って、ホームステイにもお金を払うという団体が増えているので、 事実上、交換留学といっても私費留学とどう違うのかということになっている。このように交換留学の枠組みというのが崩れかけており、 2008年1月に英国でのオペレーションを閉じた歴史の古い留学団体もあり、既に英国とニュージーランド派遣は中止し、 2009年度からはオーストラリアへの募集も中止するという留学団体もある。 ほかの団体も大体似たような状況ということは、数年以内には高校生留学に関しては、オセアニアと英語圏カナダへの交換留学というのは派遣がなくなる可能性がある。】(※3)

 1988年に高校生の留学が制度化されて、わずか2年後の1990年に文科省から注意喚起の報告書が出ているということは、 それ以前から多くの問題があったのではないかと考えられます。 事業の拡大とともにホストファミリーの確保が難しくなる中で、選定基準が甘くなってしまうことは容易に推察できます。 少なくても30年前からトラブル続きであるにもかかわらず、何の手立ても講じてこなかったことが、これらの資料から確認できます。 留学関係者らはトラブルや被害があって当たり前の共通認識の下、組織の存続のためにそのことを伏せて留学生を送り込んできたといえます。 ということは今も昔も、おそらくはこれからも、被害やトラブルはコントロールできない危うい制度なのかもしれません。

(※1)「高等学校における留学等について」(報告)の送付について
(※2)「衆議院会議録」薮仲分科員発言のところ
(※3)留学生特別委員会(第9回)議事録より一部抜粋 文部科学省報道資料(←すでに削除されています)